裕木奈江さんのツイッターでの発言
この方はご自分が同意を引き出したいがために私の祖母(権力者でもなく、父親と夫を戦地に送った日本人女性)の写真が「焼かれる」という酷いイメージ想像しろ、と、言葉の暴力を振っていることに気がついているのかな。
表現の暴力に憤る人が、人には平気で恐怖、悲しみ、苦しみを想起させるという。 pic.twitter.com/VuxCSDszal
— 裕木奈江 NAE YUUKI (@nae_auth) August 11, 2019
裕木奈江さんに対するツイッターでの反論
あらら(´・ω・`)
結局、昭和天皇の写真が焼かれるのを、自身のことに置き換えるのは苦しいほどの「酷いイメージ」で、表現の暴力だと認めちゃったのか。
でも自分のことに置き換えて考えるのすら嫌だけど他人がされるのはアートだからおkおk、そんな考えもありだと思う。 https://t.co/pEyX5YYpYF
— 将鼓(内調 コードネーム:マングース) (@shoukootaden) August 11, 2019
貴方が自身の親類に抱くのと同様の感情を昭和天皇に対して抱く人間が少なくない数いるのだよ。その程度の想像もできないのか。 https://t.co/OALScqCgal
— t t (@ssc04_05) August 11, 2019
それが酷いイメージなら、権力者だろうが誰に対してだろうが酷いんじゃないですかね。その憤りは道理に合わないように自分には思えます
— 佐藤昭彦 (@satohatiro) August 11, 2019
裕木奈江さんのツイートに対する私の感想
コレは「あいちトリエンナーレ2019」で問題となった、昭和天皇の写真を燃やすという作品についてですね。
まあ↑の「ツイッターでの反論」のとおりではないでしょうか。
裕木奈江さん自身が「酷いイメージ」と認めちゃっていますしね。
コレが表現の自由の範囲内なのかはさておき、少なくとも公費を出してやるものではないと思いますね。
違いがあるとすると、「権力者かどうか」というところでしょうか。
この手の価値観の方は「権力者相手ならば良い」論を用いがちですが、でも権力者って何なんですかね。
どこまでが非権力者で、どこからが権力者なのでしょう。
で、一般人向けなら酷いことも権力者向けならOKになるという理屈も、私にはいまいちピンときません。
そもそも公平性の欠けたことを言いながら、現時点で1000近くのいいねをもらえていることにも、それなりの権力があるという見方ができるんじゃないでしょうか。
どうなんでしょうね。